ヨブ記

クリスチャン

またまた旧約聖書のお話を少しします。

旧約聖書にヨブ記という読み物があります。

ヨブという人がこのお話の主役です。神様を敬い、豊かな財産と多くの子供に恵まれた、今でいう勝ち組の人です。

このヨブの信仰を試そうと悪魔が神様にもちかけます。

神様はOKをだしますが、ヨブの命をとることだけはしないようにと、悪魔に言います。

すると、悪魔は一晩のうちに、ヨブの持っているものすべてを奪ってしまいました。(財産、子供、健康も・・・)

あとは死を待つだけの悲惨な状況の中でもヨブは神様を信じ続けます。

そこに友人3人が来て、ヨブがこんなめにあったのは、ヨブが悪いことをしたからに違いないと口々に言います。

ヨブは自分は悪くないと言い張り、友人達はいや、ヨブがきっと悪いことをしたからだ、と言い続けます。

最後は神様がヨブをもとの状態に戻し、ヨブは自分を裁いた友人達を許してくださいと神様に祈り、許され、めでたしめでたしで終わります。

ざっくりですが、このようなお話です。

ヨブの苦悩や、試練について考えさせられる深いお話なのですが、

私が今回注目したのは、最後にヨブが友人達のために祈ったところです。

苦しみの中にいるときに、さんざんヨブのあらぬ罪を作り上げ、非難した友人達。

私だったら、許せないように思いました。

どうしてヨブは友人たちを許せたのでしょう・・・。

信仰の先輩達にいつか聞いてみようと思うのですが。

ヨブは友人達とのやりとりの中で自分は悪くない‼と言い張っていましたが、最後にはそれは思い上がりだったと思ったのでしょうか?

自分も思い上がっていた、まちがっていた。そんな自分を神様は許してくれるのだから、自分も友人たちを許そうと思ったのでしょうか・・・?

正義は人それぞれちがうものですね。

だからこそ、本物の正義はどこにあるのか、軸をもっていないと振り回されると感じました。

今日はちょっと私には難しいテーマでした。

猫の動画でも見よう・・・。

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